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工程計画がスプリングバックの結果に与える影響について

近年、高強度鋼材やアルミなどの最新鋭の材料が、自動車の成形部品の生産に採用される事例が増えています。これらの材料で生産する成形部品は、従来の深絞り鋼材で生産する部品よりも、スプリングバックの影響をより受けやすいため、スプリングバックやスプリングバック見込み補正は、自動車業界全体の大きな課題となっています。課題を克服し、正確なスプリングバックのシミュレーションを実現するには、正確な工程計画の再現が必要不可欠です。

シミュレーションの設定とスプリングバックの結果

図1に示したようなA-ピラー補強部品のスプリングバックのシミュレーションについて説明します。図にあるように絞り工程、トリムおよびピアス工程、フランジ工程をシミュレーションしています。

この工程をシミュレーションするために幾つかの設定が考えられます。図2は後述する2つの異なるシミュレーション設定AおよびBにおける最終工程後に得られたスプリングバック量を示しています。図に示したようにシミュレーション設定AとBのスプリングバックの結果には差があります。これから、その理由についてそれぞれのシミュレーション設定を説明しながらご説明していきます。

成形工程の計画

成形工程全体の正確なシミュレーションには、スプリングバックを含む絞りおよび次工程以降の正しい加工条件が必要になります。図3は、シングルアクションの絞り金型を示しています。シミュレーション設定AとBでは絞り工程は図3の金型を用い同じ加工条件を設定しています。しかし、次工程以降でシミュレーションに用いる加工条件の設定が異なります。

成形工程 設定A

図4は、左から順に絞り加工後、トリムおよびピアス加工前、フランジ加工前、フランジ加工後のスプリングバック形状を示しています。絞り工程後の次工程ではトリムおよびピアス工程をトリム・カット・ラインおよびピアス・カット・ラインを用いて同時に行い、絞り後のパネル形状からそれぞれのカット・ラインによってパネル形状が削除されます。この工程ではトリム・パッドなどの金型形状を用いていません。この方法は成形シミュレーションでは一般的に行われていることです。次のフランジ工程では、曲げ加工の押さえパット型の面として上面の平らな部分すべてを用いています。フランジ加工後にフランジ工程下死点状態のパネルからすべての金型の拘束を開放するフリー・スプリングバックのシミュレーションをしています。

成形工程 設定B

図5に示したシミュレーション設定Bの工程は、実際のプレス工程に沿った設定になっています。図の左から順に絞り加工後、分割トリムおよびピアス加工前(T30)、最終トリムおよびピアス加工前(T40)、フランジ加工前、フランジ加工後のスプリングバック形状を示しています。さらに各加工後にフリー・スプリングバックのシミュレーションを実施しています。設定Bでは実機と同じようにトリムおよびピアス工程が分割され、実際のトリム・パッド金型の設定がされています。フランジ加工時のパッド形状も実機の金型形状を用いています。このような設定は、前工程のスプリングバック後のパネルを次工程に送り、次工程ではスプリングバック後のパネルを次工程金型で押さえこむ実際のプレス工程を正しく再現できていることになります。このような設定を弊社ではフル・サイクル・シミュレーションと呼びます。

成形工程 設定比較

図2で示したスプリングバックの結果は、上記で述べたシミュレーションの設定の差に起因する差異を示しています。設定AとBの主な差異は、次工程目における金型設定です。結果が異なる理由として、トリムおよびピアス工程T30およびT40において、金型が閉じる際に起こりうる塑性変形が考えられます。金型が閉じる際に塑性変形が発生しているかを調べるには、相当塑性ひずみ速度を分析します。図6は、 工程T30にてパッドが閉じる際に発生した相当塑性ひずみ速度を示しています。相当塑性ひずみ速度の分析は、板の中間レイヤーだけでなく、板上側および下側のレイヤーでも行います。中間レイヤーを示している図中央の画像は、相当塑性ひずみ速度をほとんど示していませんが、上側および下側のレイヤーでは、半径部分に一定の相当塑性ひずみ速度が確認できます。この板厚方向の差は、半径部分の曲げ変形を意味します。通常、このような曲げ変形は、スプリングバックに影響することになります。トリム・パッドによるわずかな曲げ変形によって発生するスプリングバックは、設定Bのみです。工程設定Aでは、トリムおよびピアス工程でトリム・パッドが設定されていないため金型が閉じるシミュレーションは行われません。そのため、パッドによる曲げ変形は発生しないのでスプリングバックへの影響はなく、シミュレーションの結果には現れないことになります。

まとめ

これまでご説明したようにシミュレーションで設定した工程の差によってスプリングバックに差が出ること、そして理由についてもご理解いただいたと思います。信頼できるスプリングバックの結果を得るには、正確な工程条件を考慮する必要があります。つまり、実工程の設定をよく理解し、フル・サイクル・シミュレーションを正確に設定すれば、スプリングバック結果の正しさは増すことになります。